長篠に行ったら頭痛で悶絶した

秋も深まり、どこかへドライブに行こうと考えてたある日、 ふと「そういえば長篠に行ったことないな」という思いが浮かびました。

新田次郎の『武田勝頼』が好きな(好きなのは横山光輝の漫画の方)私としては、 躑躅ヶ崎館、新府城、高遠城、木曽福島、高天神城、春日山城、湾岸長島など、 作中に出てくる様々な場所を訪ねてきたのですが、

物語のクライマックスともいえる長篠に行ったことがないのに気付き、 ついでに豊川稲荷にも行っちゃおうということで、 朝早く出発し豊川へと向かったのでした。

おみくじでケチがつく

まず向かったのはIC近くの豊川稲荷。

豊川稲荷
快晴のはずが曇り。涼しくなってきたので観光客も多かった。

景気付けにおみくじを引くと「吉」だったのですが、吉とは思えないほど ふざけた文面だったので「これでは吉ではなくケチではないか!」とカッとなり、 もう一度引くと末吉になってしまいました。やっぱり引き直しは良くないです。

長篠(設楽原)古戦場

そんなこんなで気を取り直して151号線を北上していくと、 新東名の新城ICあたりからちょっと脇道に逸れた所に 長篠(正確に言うと設楽原)古戦場はあります。

長篠
馬場、山県、内藤が戦死した戦場跡。戦場の地形がイメージと違う!

第一印象は「あれっ、長篠って平地じゃないの」ということで、 実際の長篠は、かなり凸凹した土地だったのでした。

こんな地形で俗に言われている「騎馬での突撃V.S.三段撃ち」という構図が 成り立ったのか、甚だ疑問に思われます。

何で「長篠=平地」と思い込んでいたかというと、 黒澤明の『影武者』のラストシーン、 信玄の影武者から乞食に戻った主人公(仲代達矢)が武田軍の死体の山を掻き分けて、 1人で織田軍に突撃するシーンが脳裏に焼き付いており、 そのシーンがだだっ広い平地だったからであります。

長篠正面図
正面から。柵は5年ごとに地元の方々が作り直しているそう。
長篠織田側
織田側から見た武田側の地形。 すぐ向こうに川と山があり、馬で突撃は不可能。
徳川軍の柵
徳川の柵。織田と少し作りが違う。 柵の前には堀がある。
長篠の欄干
橋の欄干にも鉄砲兵が。

頭が痛い!!!

しばらく古戦場をブラブラしていたのですが、何か頭が痛くなってきたのです。 腹が減ったからだろうと思い、数キロ先に新しくできた道の駅で食事をしたのですが…

道の駅
道の駅ナントカ
猪ラーメン
猪ラーメン 。これしか選択肢が無かった。

頭痛は更に激しくなったのでした。 (インフルエンザのときの頭痛みたいな痛さ)

「ああ痛い痛い痛い」と悶絶しながら、長篠城址に向かいましたが、 景色を楽しむどころではなかったです。

長篠城入り口
長篠城址入り口にある鳥居強右衛門の絵。 本物は東大に保管してあるって『武田勝頼』に書いてあった。
長篠城址
本丸跡。よくこんな小さい城で1万5千もの武田軍を防げたもんだと思う。

本来なら、さらに北の鳳来山東照宮(3大東照宮の1つ)に行く予定だったのですが、 あまりに頭が痛いので帰りました。

不思議なことに、山道を抜けて東名に乗った頃には、頭痛はすっかり良くなっていたのです。 一体あれはなんだったのでしょうか。

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