Stillness Speaks

その4

解説『Stillness Speaks』その4

前回の記事

今回も前回の続きで、第2章のBEYOND THE THINKING MINDについて。 1章につき1記事の予定が、長くなりそうなので2つに分割しました。

この調子だと「Stillness Speaks2018」とかいう記事を来年あたりに書いている気がします。

それはともかく、今回の記事はネットサーフィンをする人、 この記事を読んでいる、まさにそこのあなたに当てはまるお話。

退屈の巻

本章によると、人が退屈する理由は以下の通り。

  • あなたの人生を乗っ取っている思考は、「充分でない」という状態がデフォルト設定なので、 「もっともっと」とエサになる刺激を求める。
  • ネットや買い物や旅行や人生の一大イベントで刺激を受けて「充分でない」を満たそうとするが、 たとえ満たせたとしても、満足は一時的で全然満足せず、さらに「もっともっと」となる。
  • これは死ぬまで繰り返し続き、キリがない。

この「満足にキリがない」というあたり、身に覚えがある人が殆どではないでしょうか。

そして、対策としては

  • あえてその「退屈」や「落ち着かなさ」の中にとどまり、 その「退屈」や「落ち着かなさ」とは一体どんな感じがするのか、観察してみてはいかが。
  • 「退屈」や「落ち着かなさ」の中に気付きが入ってきて、 まるでそれら感情の周りに「空間」が存在しているかのようになる。
  • その「空間」が広がるにつれ、退屈さは消えていく。
  • 「退屈」自体が、「退屈だ」と思っているのは私ではない、「私≠退屈な状態」だと教えてくれる。

こんな訳の分からないことが書いてあり、

「これは退屈だけでなく、怒りや悲しみや恐れでも同様で、怒り、悲しみ、恐れの中にとどまり、 どんな感じか観察すれば、怒っている、悲しんでいる、 恐れているのは単なる条件付けられた『エネルギーの動き』であり、 それら『感情』と呼ばれているものは、 私個人のものではなく、全人類に共通する状態、しかも一時的な状態だと分かる」

なんてことが書かれています(この辺については、私が勝手に訳した上で要約した)。

要するに、自分が「嫌だ」と思っている退屈や恐れや不安からに逃げようとせずに、 敢えてそこに踏みとどまって観察してみろということで、

  • Nothing that comes and goes is you.
  • “I am bored.” Who knows this?
  • “I am angry, sad, afraid.” Who knows this?
  • You are the knowing, not the condition that is known.

ということですな(説明放棄)

※百万言を費やして説明しても、 自分でやってみないことにはどうにもならない。

ただ、余計なことを言わせていただくと、 もしこの方法が万人に通用するなら、暇人どころか、 世の中からアル中や薬物中毒者がいなくなって然るべきではないかなぁと 思ってしまいます(本当に余計やな)。

全人類のエネルギーパターン

ここで、上に挙げた「全人類に共通する状態」について一言二言。

Boredom, anger, sadness, or fear are not ”yours,” not personal. They are conditions of the human mind. They come and go.

と原文には書かれているのですが、どういうことかというと、 「状況やら何やらに対して、人間は大体同じパターンで反応する」 「感情エネルギーの動きなんて人類大体皆同じ」ということだと私は勝手に解釈しております。

※だから他人に対して共感を覚えたりするので、別に悪いことではない。 あとサイコパスとか異常者と呼ばれる人の場合は、違うのは反応対象および反応パターンで、 感情エネルギーの動きついては大体同じではないだろうか。

もっと簡単かつ具体的に言わせてもらうと

「金や物や名誉を得るのは良いが失うのは嫌だ、良い人間関係が欲しいが別れるのは嫌だ、 人の悪口を言ってからかうのは楽しいが悪口を言われるのは嫌だ、 人の秘密を暴露するのは愉快だがされるのは嫌だ…」

こういうエゴイスティック、自分勝手なパターンが誰にでもあり、 これらに伴う感情の動きも全人類大体同じだということです。

※仏教でも「生、老、病、死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦」なんていう八苦がある。 全人類に共通してなけりゃ、こんなもの何千年も前からずっと言い伝えられていない。 前段の退屈の話なんてモロに五蘊盛苦の話やな。

最後に、これは私個人の意見で、何度も書いてしつこいですが、 本章ではまるで「退屈」が悪者のように書かれているように感じる人が多いでしょう。

しかし実のところ、「退屈」という感情自体に良いも悪いもなく、 ただの「条件付けられたエネルギーの動き、エネルギーパターン」にすぎません。

※先に挙げた全人類のパターンについても、 イワシの群れが同時に方向転換するようプログラムされている?のと同じで、 これ自体に良いも悪いも無い。

「退屈=悪」なんて思い込みがある人は、その思い込みによって 文章のニュアンスを手前勝手に形成しているから、そう読めるのです。 (この形成プロセスについても気付けば分かる)

これは退屈に限らず、恐怖、怒り、不安、嫉妬、焦り、悲しみ、 喜び、恨みetc...喜怒哀楽どんな感情でも同じことであります。

この辺は、自分が普段、いかに善悪の判断をしているか気付けば分かるし (ただ観察して気付くだけ。「判断しているから悪い!判断を止めよう」だと無限ループに陥る)、

「感情はただのエネルギーの動きであり、良いも悪いもない」 「全ての感情は無常で、ただそうなって過ぎていくだけ」

これに気付いて実感したとき、 「年末年始 寝る人がおると?(独特なツボ)」みたいな感じで変な笑いが起きるのですが、 自分で実感できなきゃ分からないので、分からない人は分からないままで良いです。

以上、今回はここまで。次回は3章。

次回に続く>>

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