Stillness Speaks

その7

解説『Stillness Speaks』その7

前回の記事

今回は5章のWho You Truly Areについて。

内容的にはニューアースの7章8章あたりと似た感じとなっておりますが、 人によってはこちらの方が分かりやすいと感じるかもしれません。

繰り返しになりますが、この「何が分かりやすいか」というのは本当に人それぞれなので、 ニューアースや本書に限らず、 自分に合うものを見つけてくださいとしか申し上げようがございません。

私としては、小難しい古典でも最近の変な本でも、 大なり小なり意識が変わるなら何でも良いと思っているのですが、

小難しい本を読んで分かったつもりになっているだけ (丁度「○○へ行った」「△△を食べた」と同じ感覚)とか、 のめり込んだ結果変なセミナーや集団に参加するのはNGだと考えております。

今=私であるもの

5章のサブタイはWho You Truly Are(本当のあなた、真のあなたであるもの)ですが、 それについては前章の最後で

I am not my thoughts, emotions, sense perceptions, and experiences. I am not the content of my life. I am Life. I am the space in which all things happen. I am consciousness. I am the Now. I Am.

と書かれているので「既に答えは書いてあるじゃないか」と思ったりするのですが、 本件についてさらに突っ込んで書かれているのが本章。

  • 世間的に成功しようが失敗しようが、金持ちだろうが貧乏だろうが、健康だろうが病気だろうが… 確かに私の人生に違いはもたらすが、これらは相対的なものであり、本当に重要なものではない。
  • 本当に重要なのはただ一つ。 たかだか80年程度しかもたない存在や自意識を超えた「本質」、 「あなたであるもの」に気付き実感すること。
  • 状況を変えるのではなく、深層レベルで「あなたであるもの」に気付くことで、 あなたは平安を見出す。

とまあ、本章にはこんなことが書かれているのですが、これらを読んだからといって 「俺は俺の本質に俺が気付いたのを気付いたぞ!」とならないのが何ともいえないところ。

何でこんなことになるかというと、一因としては

「『私』や『私たち』という(でっち上げの)意識が本質を覆い隠している」

からであり、

「あなたが本質に気付かないとき、 本質の代わりに恐怖に怯える貧相な『インチキの私(=エゴ)』を思考によりでっち上げ、 この世界に悲劇を生み出している」

「このでっち上げた『インチキの私』を守り、強化することがあなたの最優先事項となる」

このような状態が「普通の人生」「当たり前」だと、殆どの人が考えているからでしょう。 (実を言うと、これらはちっとも「普通」「当たり前」ではなく、 スターリンやポルポトと同様の「狂気」であることはニューアースで説明した通り)

自分が「そんなの普通だよ」「当たり前じゃないか」と思っていることを変えるのは、 なかなか難易度の高いことではないでしょうか。

そこで、自分が何を考え何をしているか、日常生活の中で自分の思考や行動を観察してみると、 上記のような状態はちっとも「普通」や「当たり前」などではなく、

自分が「狂気の状態」「狂気の世界」そのものを生きていることが判明し、 それに気付いたとき自分の有様に愕然となり、「救いはないんですか!」となります。

その「救いはないんですか!」となったときが、 狂気の世界から一歩抜け出した、覆いが外れた瞬間だと私は思うし、

自分の本質やら「真のあなたであるもの」やらを探す前に、 まずは自分が狂気に覆われた状態であることに気付かないと本質なんて探しようがないので、 ニューアースの前半はあんな暗い話になっているのです。

※自分で気付かずとも、気付かなきゃ苦しみ続けるので、 否が応でも気付くことになる。

今だけ

では、「狂気の覆い」を外したり「自分の本質」を知るのはいつ可能になるか、 についてですが、それは「今」であるということ。

Time is useless, however, for the most essential things in life, the one thing that really matters: self-realization, which means knowing who you are beyond the surface self - beyond your name, your physical form, your history, your story. (ヘボ訳:しかしながら、「あなたであるもの」という最も根本的なことに対して時間は役に立たない。 あなたの名前、あなたの身体、あなたの経歴やストーリーといった表面的なものを超えた 「あなたであるもの」というたった一つの真に重要なことを知るのに、時間は役に立たない)

Spiritual seekers look for self-realization or enlightenment in the future. To be a seeker implies that you need the future. If this is what you believe, it becomes true for you: you will need time until you realize that you don’t need time to be who you are. (ヘボ訳:悟りや「あなたであるもの」を知ることを未来のことだと勘違いすると、 時間は役立たないのに時間が必要になる。 そしてその通り、時間が不要だと気付くまでずっと 「あなたであるもの」を知るには時間が必要となり、未来のことになる)

などと書かれているし、本章の冒頭にも

The Now is inseparable from who you are at the deepest level.

とあります。

「何!?お前は『本質に気付くには覆いを外す必要がある』なんて書いたじゃないか。 『覆いを外す→本質に気付く』と時間の経過があって、さっきのと矛盾してるじゃないか!」

なんて思われる人がいるかもしれませんし、私もそう思います。

ただ誤解してほしくないのは、本書やニューアースでも散々書かれていますが、 「今」というのは全てを内包する空間みたいなもので、 物理的な時間関連のものではないということ。

「狂気の覆いを外す」から「自分を知る」へと、物理的な時間の経過はありますが、 それぞれをおこなうのは「今」だということです。

もっと具体的にいうと 「このつまらない仕事から解放されたら自分を知ることができるだろう」 「ハッピーになったら自分を知ることができるだろう」 と思っている人がいたとして、

この人は「今」つまらない仕事をやっていたり悪い気分なので、 「自分を知る瞬間=つまらない仕事から解放されたとき、ハッピーになったとき=未来のこと」となり、 これこそが本章でいう「物理的な時間を与えている」ということで、 これではいつまで経っても未来の出来事になるというわけです。

そうではなく、「今」つまらない仕事をしたり「今」悪い気分でいながらも 「今」自分を知ることは可能である、

自分を知ることや悟ることに条件、 法的にいえば「停止条件」は必要ないどころかナンセンスである、 ということを本章では言いたいわけです(多分)。

そして「自分を知る」とは、他ならぬこの「与えられも奪われもしない『今』に気付くこと」 だと実感できれば大したもんだと思うし、そうなればあなたは最早、 経験や解釈を通してつくられた「重い過去」ではなくなるのです。

※本章ラストの”Being in its fullness is already within you, Now.”がまさにそれ。 あと次回のネタになるが、この辺は分からなきゃ分からないで良い。

以上、何か本章の内容からちょっとズレてる感じがするけど、今回はここまで。

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