シリーズもの映画レビューその4

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がんばって続けてきた当シリーズですが、 疲れてきたため今回で一旦オシマイとさせていただきます。 何で映画の感想書くだけでこんなに疲れるの。

ともかく、打ち切りみたいなものなので、 打ち切り漫画のようなことをさせていただくと、

リーサルウェポン、ダイハード、ビバリーヒルズコップ、 カラテキッド、ダーティハリー、マトリクス等のシリーズものの大多数は、 1が断然面白くて段々と尻すぼみになっていくので、 未見の人は1だけ見ておけば良いです。

エクスペンダブルズみたいに2の方が面白い場合もあるけど。

そんなわけで今回は3つ。色々書いたので長いです。

ゴッドファーザー

まずこれ。1については以前書いたとおり名作。

2についても以前書いたとおりで、 ラスト10分の畳み掛ける展開が好き。

フランクではなくクレメンザならもっと良かったかもと思うが、 テシオに続いてクレメンザもあんなことになるのは、 若きヴィトのパートと相まって何ともやりきない気分になるので、 やっぱフランクでいいやと思ってしまう。

一方、評判の芳しくない3だが、コッポラの娘だったりトムヘイゲン不在だったりと 色々とケチがつく箇所はあるけど、 私としてはアンディガルシアが場違いに思えてならない。 『ブラックレイン』や『アンタッチャブル』のアンディは好きなのに。

どうもマフィア役が合っていないというか、 マフィアを追い詰める警官やFBIの役ならバッチリだったのにと思えてしまうので☆3つ。

まぁ3は「1&2から続く最終作ではなくオマケの後日談」が公式見解のようなので、 興味ある人は1と2だけ見ていれば良いと思う。どっちも長いけど。

「女」シリーズ

少しは邦画についても書こうと思ったとき、 咄嗟に思い付いたのがこれ。

座頭市や仁義なき戦いは1しか見ていないし、 寅さんは全部見ていないので、必然的に伊丹映画となった。

※ちなみに寅さんシリーズの中で印象に残っているのは、 米倉斉加年が演じたノイローゼで失踪するサラリーマンのやつと、 三船敏郎の知床慕情と、中村雅俊がタバコでガス爆発起こすやつ。

『マルサの女』は名作で、中身については以前書いたので割愛。

2も面白いし、三國連太郎をはじめとする悪人達の演技も好きなのだが、 宗教施設のセットがやけにチャチだし、 査察シーンが1ほど迫力がないので☆3つ。

『ミンボーの女』もマルサの女と同じくらい面白いけど、 少し中だるみがあるので☆4つ。場合によってはこっちが☆5つかも。

『スーパーの女』は「面白くなった晩年の黒澤映画」という印象だけど 伊東四朗のライバル店ばかりが記憶に残っていて最後のカーチェイスが余計な気がするし、 『マルタイの女』については江守徹の怪演と終盤に山本太郎が出てきたことしか 覚えていないという有様。

まぁ何だかんだいっても伊丹映画は面白いので、 地上波でジャンジャン流せばいいのに最近はちっとも流れないのは悲しい。

あと、「ああ面白かった」と心から思えた最後の邦画が2002年の『ピンポン』なので、 そろそろ面白い邦画が出てきてもいいんじゃないのと思ってしまう。

余談

あまり悪口というものは書きたくないのだが(散々書いてきたじゃないか)、 「面白い邦画」というワードで思い出してしまったのでこの際だからぶっちゃけるけど、

一時期評判になっていた某『Don't stop the camera!(直訳)』 をアマプラで見たら、 前半が出来損ないのゾンビ映画でお粗末極まりなく、 後半は「前半の裏舞台を撮影しました。どうだ面白いだろう」という内容のご様子だったのだが、 前半同様に後半も演技および演出が糞糞アンド糞なので、 単に糞に糞を重ねた糞のミルフィーユ映画に過ぎず、 「こんな糞映画が受けたのか」と驚くやら呆れるやらであった。

というか、あんな糞を見るくらいなら『エド・ウッド』見た方がいいじゃん。 ジョニーデップをはじめとする名優達、 ティムバートンをはじめとするスタッフ達の偉大さを改めて思い知らされた。

まぁあれは短い分まだマシで、 某『A vessel of sand(直訳)』をこれまたレビューに騙されてアマプラで見たら、 トリックらしいトリックがあるわけでもなく、 大霊界のオッサンが正面向いて延々と喋り、 大岡越前がピアノ弾いているだけの長ったらしい超退屈な糞映画で、 怒り狂うより先に「こんな糞映画が名作と持て囃されているのか」 と暗澹たる気分にさせられた。

※どこかの映画レビューサイトに 「こんな駄作が持て囃されたときから日本映画の凋落が始まった」 というレビューがあったが、全くその通りである。

『市民ケーン』みたいに頭が良くなった後に見たら 評価が0点から90点に変わるような映画ではないので、 どちらもただただ時間を無駄にした糞であったと断言できる。

この「前評判に騙されて見たら糞だった」は洋画でも同様で、 たとえば某『営業権狩猟(直訳)』は上記2作品を凌駕する糞映画。 やっぱ洋画は糞のスケールもデカいぜ。

高評価&ロビンウィリアムズ好きなのでそれにつられて見たら、 才能あるチンピラがインテリの集う大学で無双するという、 まるで「なろう小説」の如き、最近の袋入ポテチを思わせるスカスカな話なので唖然となり、 しかもヒロインがおおよそ知性を感じさせないブスなので悶絶する羽目になった。

巷で言われているレイア姫やエイドリアンやサムライミ版スパイダーマンのヒロインですら 一度もブスだと思ったことない私が言うんだから、よっぽどのブスやであれは。

ニートやっていた頃の、自分の不遇を親や社会のせいにしていた私なら、 大学で無双する主人公を見てルサンチマンを発散させたのであろうが、 今となっては「薄っぺらい作品だなあ」「こんなカウンセリングじゃ心に響かないよ」 「え!?こんなんで泣き出すの!?」としか思えず、 あとで調べてたらノンフィクションとかでなく全くの作り話とのことで、 開いた口が塞がらなかった。

これのどこが「旅立ち」なんだよ「朝立ち」で十分だろというのが正直な感想で、 あんな出来ならアサイラム作品でも見た方がマシだね。 少なくともヒロインは美人だ。

他にも書きたい作品は色々あるが、今日はこれぐらいにしといたるわ。

これを読んでいるそこのあなたも、 つまらないものを見たときは自分を誤魔化したりせず、 「この映画は時間とカネの無駄だった」ということを素直に認め、 糞な作品に対して正直に糞だと言えるようになりましょう。

エドウッド三部作+α

本連載の最後を飾るのはこれ。 唯一BTTFに勝てるかもしれないシリーズ。

本当は『牢獄の罠』と『ナイトオブザグールズ』も含めた5部作かもしれないが、 『エド・ウッド』には出てこないので3部作。

まず『グレンとグレンダ』については、発表するのが半世紀早かったという印象。 Pull The String!

途中に意味不明な尺稼ぎシーンがあるが、 そんなものは『キッド』や『雨に唄えば』といった名作にもあるので気にならないし、 むしろ『グレンとグレンダ』もそれらと並ぶ名作である証拠だといえるであろう。

ただ、46分過ぎの例のシーンで”The End”を出せば綺麗に終われたのに、 何でダラダラ続けちゃうのと思えるし、 その後の「この病気は親が原因で、パートナーのおかげで回復しました」 というのも、何だかなぁと思えるので☆4つ。

『怪物の花嫁』については、ベラ・ルゴシの名演技が光るし、 ストーリー展開もホラー映画の王道といった感じで良い。 トー・ジョンソン演じるロボの葛藤も見どころである。

ただ、怪物(モンスター)が出現するシーンについてだが、 どのシーンもあまりにもチャt凄惨なので☆4つ。

まぁ、上記2作は3〜4回くらい見れば真の面白さが分かってくるので、 興味ある人は是非とも見てほしい。 パブリックドメインなのでネット上で見ることができる。

俺も見たんだからさ。

問題は『プラン9フロムアウタースペース』で、 私はニート時代に本作を何かで見ており、 UFOが3機並んで飛んでいるあのシーンがずっと頭にこびりついていた。

プラン9フロムアウタースペースのUFO
そのシーン。何で記憶に残ったのがヴァンパイラやトー・ジョンソンじゃなくて UFOなんだろうと思うが、おそらく深酒で酩酊状態になっており、 なおかつ本作のあまりのつまら偉大さに途中で寝てしまったから。

一体あれは何だったのか、夢だったのかとずっと思い出せずにいたのだが、 ネットで本作を見た際に件のシーンが出てきて、 「あっ!あのシーンだ!」と仰天してしまった。

そんな運命的な再開を果たした本作だが、あらすじとしては 地球人が近い将来「The solaronite(ソーラー爆弾)」を開発して 宇宙に害をなすことを予知した宇宙人が、 「プラン9」という手段で地球人に警告を与えるという『ザンボット3』みたいな話。

ただ、本作において重要なのは話の内容ではなく、 作中で暗示されている「時間および空間の絶対性の否定」 「時空間の連続性への疑問」「言語および思考の限界と超越」であろう。

時間および空間が絶対的なものではないことは 特殊相対性理論および一般相対性理論により周知の事実となっているが、

本作はその理論に基づいて作成されていて、 劇中で展開される飛び飛びというかツギハギなストーリーは、 「我々が普段絶対視している時間および空間は、かくも相対的で儚いもの」 ということを視聴者に暗示しており、

さらにはシーンのスキップやリピートを多用することで 「果たして時空間の連続性というものは、絶対的なものであろうか?」 と、時空間の連続性についても暗に疑問を呈している。

加えて、登場人物の台詞および会話の多くが人の理解を超えたものになっており、 これは「事象を100%言語で表現することは不可能」 「この世界には思考を超越したものが存在している」 「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」 みたいなことを、会話のワイルドピッチを通して 視聴者に訴えかけているのである。

このように、本作はいわば「鑑賞する哲学」 「別次元(アウターディメンション)からのメッセージ」 果ては「宇宙エネルギーの発現」であり、

ニート時代に本作を見た私は、本作から発せられるエネルギーを通して 「思考の超越」「意識の変容」が起きて目覚めを体験し、 結果ニートから抜け出して東大に合格できたのであり、

今でもあのUFOの飛翔シーンを見たり 腕を交差する例のポーズをとると、 言葉では説明できない力が身体中にみなぎるのである。 (ちなみに例のポーズは、男が左腕が前、女が右腕が前である)

以上、長々と意味不明マジメでためになる話を書いてきたけど、 『エド・ウッド』は本当に名作だから見て頂戴。 映画や演劇だけでなく全てのクリエイター必見の名作やで。

これにて一旦オシマイ。

ロッキー、ランボー、エクスペンダブルズ等のスタローン作品をすっかり忘れていたが、 その気になったら続きを書くかも。

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