ニューアース

第8章その7

解説まとめ『ニューアース』2019版 第8章その7

前回の記事

この8章も長くなりましたが、今回でオシマイです。

前回は

「インナースペースの入り口がインナーボディだけど、実質どちらも同じもの」 「本書とかに書かれたことをやってりゃ、突然分かる。この辺についてはコントロール不能」

ということについて書きました。

今回は「未知のエリア」と 「自分を売る捨てる」と「Stillness」について。

ここまできて今更ながら気付いたけど、 本書に書かれている「意識、静寂、目覚め」とは何か、 この辺についてはもう当たり前のこととして当記事を書いているので、

この辺に至っていない人は、私がまだウンウン唸っていた頃の記事、 2013年版の解説とかを読んだ方が良いかもしれません。

今後解説記事を書くときは、もう初心者そっちのけの記事になるかも。

8章十四節 ギャップに気付く Noticing the Gaps

ともかくまずはこれ。内容は本章八節と大体同じ。

「ギャップに気付く」というサブタイなのに、 日本語版の本文中には「ギャップ」という単語が一度も出てこないことに気付いた人は、 一体何人いるのでしょうか。

じゃあこの「ギャップ」って何?という話なのですが、 これは頭の中で垂れ流している思考が一旦停止して、 再び垂れ流し始めるまでの思考がストップした「一瞬の間」のことで、 本文中ではなぜか「中断」「中断時間」とご丁寧に日本語訳されています。 (間違いじゃないけど)

それで、この「ギャップ」「思考の中断」をより頻繁に、より長く意識するほど、 「過去の雑音」によって作られたメンタルスクリーンを通して この世界を見ずに済む、地獄を見ずに済むというわけです。

分かりやすい?例を挙げると、 職場において「こいつは有能」「こいつは無能」という、 過去に基づく決め付けをやってしまいがちですが、

当節で述べられているギャップを意識していると、 「無能」だと決め付けていた人間が人目のつかない場所の掃除を進んでやっているとか、 そういう今まで見えなかった部分も見えてくるという感じで、

要するに思考や過去といったフィルターを通して見ていた「死んだ世界」から、 フィルターが外れた「生きた世界」への変容が起きるということです。

※まぁ進んで掃除をするのが良いことなのかは知らないが。 「思考抜きだと新鮮な世界が見える」ということで、 「マンネリ」「退屈」というのはエゴの罠にハマっている証拠であるということ。

8章十五節 自分自身を発見するために自分を捨てる Lose Yourself to Find Yourself

次はこれ。7章十五節と内容が大体同じ。 内容が被ってばかりじゃないか。

上で書いた「こいつは有能」「こいつは無能」なんて決め付けは、 モロに当節にある「強迫的、習慣的パターン」であり、 これはエゴにとって必要なだけで、本来は不要なものです。

不要なのでこんなパターンなんて捨てれば良いのですが、 エゴにとっては捨てられたら困る死活問題なので、 生き延びようと必死に抵抗してきます。

  • 自分がしたことを認めろと要求し、認めてもらえないと動揺して怒る。
  • 自分の問題や病気について語って騒ぎ立て、関心を引こうとする。
  • 聞かれもしていないし状況に変化を起こすこともできないのに、下らない意見を述べる。
  • 他者そのものでなく、その他者に自分がどう見られているかを気にする、つまり他者をエゴの投影先、強化策として使う。
  • 何かに対する怒り、他人でも状況でも頭の中の空想でも…何に対してでも怒る。
  • 無駄な不満を並べ、自分こそが正しく他が間違っていると決めつける。

挙げればキリがないですが、 エゴ(思考)に取り憑かれていると上記のことを無意識のうちに繰り返し繰り返しやってしまい、 エゴを生き延びさせてしまうわけです。

なので、エゴのパターンが自分の内にあることを発見したら、 「このパターン捨てたらどうなるかやってみよう」と、 試しにパターンを捨ててみて、結果を観察すれば良いのですが、

捨てようと思って捨てられるものでもないし、 今まで気付かなかったパターンに気付けただけでも充分なので、 あとは思考を追っかけたり思考に思考を重ねたりせず、 ただジッとしていればOKです。

8章十六節 静寂 Stillness

8章最後はこれ。

「Stillnessには形が無いので、思考を通じて気付くことはできない。 Stillnessに気付くことは、静かに停止しているということ。 思考抜きの意識でいるということ」

なんて当節には書いてありますが、「思考抜きの意識でいる」とは、 思考が一切浮かんでいない状態のことではありません。

ここをカン違いして、 「永遠の意識になるために思考を止めよう!」 などと、思考でもってウンウンやると、 火にガソリンを注ぐことになります。

「思考抜きの意識でいる」とは、 思考が浮かんでいようが浮かんでいまいが何一つ変わらない、 思考に囚われていない「何か」のことで、

これを一瞬でも意識し、垣間見れば、 私は、個人というマインドの形をとる前の自分、 一時的な存在を超えた存在、無条件の形を超えた永遠の意識となるのですが、 この辺は言葉で表現できるものではありません。

以上、今回はここまで。

次回から9章です。

次回に続く>>

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