解説『ニューアース』2019版 第10章その5

前回の記事

前回は、「3モードというカテゴライズはどうであれ、 目覚めた行動とは道元上人が仰った『本証妙修』と同義である」 ということを書きました(書いてないけど)。

今回は残りの2モード「楽しむ」と「情熱」について書いてまいります。

この解説も残すところ、当記事を入れてあと2回であります。

10章九節 楽しむ Enjoyment

まずは2つ目の「楽しむ」について。

たった今に対して抵抗せずお手上げ状態なのが「受け入れる」であり、 そこから安らぎが生まれるのに対し、

「楽しむ」とは「たった今の行動そのもの」に流れる生命の躍動、 意識自体を意識することで生まれるものです。

なので、この「楽しむ」は「遊園地を回るのは楽しいけど営業回りは楽しくない」 といったレベルのものではありません。

何が楽しくて何が楽しくないかなどというのは、 「外部、二義的な内容」であるというのは9章の通り。

そして、その外部に囚われて一義的な目標である 「たった今、自分がする行動に意識的になること」が実感できない人間には 本当の楽しみなんてやってこないし、 相変わらず行動の動機が「欲望」と「恐怖」であり、 死ぬまで欲求不満が続くわけです。

では、その「楽しむ」を実感するためはにどうすればいいのかというと、

という具体例が書かれているので、 やってみれば良いです。

「たった今の行動に意識を当てる」ことをやっていると、 目覚めた意識がエゴに取って代わって人生の主役となり、 意識的な行動の結果は凄いことになるのですが、

ここで、頭であれこれ考えたり「オレは凄いんだ!」とかやると、 たちまちエゴの虜になります。

凄いのはエゴや思考などではなく、身体を通して発現した意識こそが凄いので、 その辺カン違いしないように。

ちなみに当サイトの原稿は、楽しみながら書いております。

10章十節 情熱を燃やす Enthusiasm

3つ目は「情熱」。

「自分の行動を楽しみ、それが目指す目標やビジョンと上手く組み合わされば情熱が生まれる」 とある通り、 「楽しむ」に「外部の目的」が合わさったものが「情熱」で、 「外部の目的」がある日突然分かるというのは、9章に書かれている通り。

私はこの「情熱」モードになったことがない(多分)のでよく分かりませんが、 確実に分かるのは、

目標が「偉くなりたい、金が欲しい、チヤホヤされたい…」というものでは「情熱」とは程遠く、 関心が「いつか」の未来で「たった今」に向いていない、ただのエゴの強化であり この世に地獄を生み出すのがオチだ、ということです。

なので、自分が「情熱」モードかどうかよりも、 「情熱」みたいなのを自称している無意識なエゴ人間— ○○教祖とか△△マスターとか□□活動家とか××主義者等およびその集団を見極め、

連中が作り出す地獄に巻き込まれないようにすることの方が、 この世界で生きていく上では重要であろう、 「受け入れる」「楽しむ」だけで充分生きていけるし、というのが私の個人的感想です。 (わざわざ巻き込まれて苦しみたいなら話は別だが)

ともかく、情熱とは

ということであり、

自分が情熱に沿った行動をしているつもりでも、 これらから外れている場合は自分が道を外れていることに気付き、 情熱を自称しているエゴ人間とは距離を起きましょう、ということです。

以上、今回はここまで。

次回が最終回となります。

最終回に続く>>

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