解説『釈尊のさとり』その4

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相変わらず『釈尊のさとり』についてダラダラ書いてまいります。

釈尊のさとり (講談社学術文庫)

釈尊のさとり

今回の内容は「八苦」について。

「四苦八苦」という言葉がありますが、 その四苦八苦についてです。

こういう風に本書とかを読んでみると、仏教というのは一種の哲学であり、

断じて仏像やら寺やら坊主やらご先祖様やらを拝んで「幸せ」になる宗教ではない

ということが分かるのですが、 日本への伝来の経緯やその後の有様からして人間のエゴまみれだからね、仕方ないね。 (まぁ私はそんな日本的仏教や寺院も好きだし、 哲学だからといって言葉遊びに終始するのもナンセンスだろう)

八苦

そんな話はさておき、八苦について。

「生老病死」の四苦に「愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦」の4つを加えたのが八苦。

※ちなみにここでいう「苦(ドゥッカ)」とは、 単純に腹が痛くて苦しいとかそういうのでなく(それも含まれるが)、 「無常で虚しい」「理想通りにならず不満」みたいな意味。

生老病死については

みたいな感じで、あとの4つは

となっており、八苦全てが並列なわけでなく 「そもそもこんなに苦しいのは、五蘊が苦だからだ」 と、五蘊盛苦だけ別格になっております。

五蘊

じゃあその「五蘊」とは一体何?という話になるのですが、

色、受、想、行、識

この5つが五蘊となり、それぞれの意味合いは諸説あるのですが、

みたいな感じで、一つ意味不明高尚な例を挙げると、

某ペンギンのクレイアニメ動画(色)を私が鑑賞(受)すると、 様々な情景や情念が湧き上がってきて(想)、「なんて素晴らしいんだ!」と涙を流して感動(行)し、 「某ペンギンの粘土アニメは傑作である」(識)が出来上がるといった寸法です。

※別に感動だけではなく、 怒りや悲しみや憎しみや妬みといったプロセスも同じだというのは、 皆さん日々体験しているので分かるだろう?

簡単にいえば、「肉体的物質的なもの全て&人間の心理的精神的作用全て」が「五蘊」であり、 こんなものに執着し囚われていたら苦しみしか生まれないというのは、 散々ニューアースの記事等で書いてきた通り。

何だか初心者向けの用語解説みたいになってきたし、 私の解釈はこれで合っているかどうか分からなくなってきたけど、

そこら辺の坊主が喋っている内容だって、 アナンダみたいに直接聞いたわけでもなく、 お釈迦様から伝言ゲームで伝わった 最早原型を留めていないものだから別にええやろとか思いつつ、今回はここまで。

次回に続く>>

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