解説 般若心経 その5

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今回も般若心経について。

前回の解説からも分かる通り、 般若心経というのは「科学的真実を淡々と述べている文章」 といえなくもありません。

そんな真実だけ述べているお経が何で救いになるのか、

それはこの世界(特に頭の中の世界)は嘘やインチキまみれで、 人間は真実が分かっていないため、その嘘やインチキに苦しんでいるけど、 真実を述べることで嘘やインチキに亀裂が入るからではないでしょうか。

是故空中 無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界 乃至無意識界

今回は前回の続きで、訳すと

「これゆえ空の中では五蘊は無く、目耳鼻舌も身体もマインドも無く、五感も法則も無く、 目で見える世界も頭の中の世界も無い」

と無い無いづくしになっています。

※各単語の意味は書いてあるそのまま。 「無色声香味触法」の「法」を何と訳そうかと迷ったけど、 何と訳そうがどっちみち「無い」のだから「法則」でいいやと思った。

これは前回書いた通り、

全ては原子(エネルギー)が配列を変えたり密度を変えたりしているだけなので、 頭で考えているような五蘊や五感や法則や目に見える世界など究極的には存在しない

さらには

その頭で考えている世界、頭の中の思考なんてものも実は存在しない

ということです。

かなり前にも書きましたが、 人間の各器官なんて全体の数%にも満たない範囲しか知覚できないため、 この五感で知覚している世界など無いに等しい、 というのは紛れもない事実でしょう。 (目や耳が知覚できる周波数の範囲を調べてみなさい)

ちなみに『リトルブッダ』のラストでジェシーが父親に語っていたのがこの辺りで、

”Lama Norbu just said, No eye, no ear, no nose. No Jesse, no Lama. No you!” ”No death and no fear!”

なんて言っておりました。 (その後ラマ・ノルブの霊?が「究竟涅槃」の箇所まで英語で喋って、 ブータンからシアトルへとシーンが移る)

無無明亦無無明尽 乃至無老死亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故

そんなわけで、お次はこれ。

戸田なっち並の意訳をすると

「無明から老死までの十二縁起なんて無いし、 無明が消えたり(無明が消えることで)老死が消えることもない。 四諦なんて無い。何かを知ったり得たりすることも、所有することもないゆえ(次に続く)」

となり、それぞれの単語は

となり、『釈尊のさとり』を読んだ成果が出てくるわけです。

ただ、書いてあることは『釈尊のさとり』全否定みたいな内容で、 「一体どっちが正しいの」などと思ってしまうわけですが、

「どちらも正しい」が私の意見でございます。

一体どういうことかというと、

といった感じで、丁度

相対性理論によって時間や空間は絶対ではなく変化することが判明したけど、 だからといって(時間や空間を絶対とみなす) ニュートン力学が全くの出鱈目で役立たずというわけではなく、 人間にとっては出鱈目でもないし私達の生活に充分役立っている

みたいなものです。

お釈迦様も本当は「一切は空である」について述べたかったのかもしれませんが、 悩んでいる衆中にいきなり真理を言っても理解されないと思ったために、 レベルを下げて「一切は空である」を実感するための過程、 つまり四諦や八正道について話されたのかもしれません。

いや、実はお釈迦様自体は「一切空」についてはよく分かっていなくて、 ナーガルジュナ等後世の人々こそが宇宙の理を本当に理解していて、 その結果般若心経が生まれたのかもしれないと思ったりもしますが、

本当のところは誰にも分かりません。

以上、今回はここまで。

次回に続く>>

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