解説『悟りを生きる』その4

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悟りを生きる

今回は2章。

そういえば、本書は「気付きこそが現れの根源」だの何だの、 気付き気付きと「気付き」ばかりですが、

この「気付き」は『Stillness Speaks』の「Stillness」と同義だし、 「気付き」或いは「Stillness」の説明も『Stillness Speaks』の方が分かりやすいし、 やっぱ読むなら『Stillness Speaks』の方が良いんじゃないの、と思ってしまいました。

まぁ、『Stillness Speaks』はマトモな日本語訳が出ていないので 英語で読むしかなく、そういう意味では本書の方が良いかもしれませんが、 その辺も含めて人それぞれでしょう。

2章:現れ

というわけで2章の「現れ」について。

「現れ」というのは読んで字の如く「私の前に現れるもの」のことで、 本書では5種に分けられておりそれは以下の通り。 (このカテゴライズが正しいかどうかは知らん)

これらの「現れ」はどれか単体であったり複合であったりするのは、 自己を詳細に観察しなくても分かるでしょう。

ただし、どの「現れ」も永久ではなく一時的、諸行無常だというのは、本書に書かれている通り。 (たとえ死別でも永久に続くわけではない。長くて数十年といったところ)

「現れ」に対して開く

さらに言うと、全ての「現れ」は気付きの中で自然と発生し、 次にどの「現れ」が発生するかは 最終的には私たちでは選べないということで、

私たちにできることといえば、 「現れ」がそのように生じているのを認識するだけだ、ということ。

要するに、「現れ」というものはまさに諸法無我であり、 その諸法無我に抵抗している地球上の殆どの人間にとっては、 それが一切皆苦と感じるのであります。

何でこんなことになっているかというと、 もう散々書いてきたことだけど、思考に囚われているから。

思考に囚われているから、 思考ででっち上げた「私」(つまりエゴ)を生きる中心に置き、 本来は諸法無我である現れを思考でもって歪め、 結果苦しみが生まれているというのは、 自分自身を多少観察したことある人なら分かるでしょう。

※しかも思考でもって「時間」というものをでっち上げ、 ありもしない未来に救いを求めたりするというのは 本書やThe Power of Nowにある通りだし、 この「時間」は座標の変化等の物理的時間とは違うというのも今まで散々書いてきた通り。

じゃあどうすればいいのかというと、 上に書いた通りで、

「現れ」が、そのように生じているのを認識するだけ

もうこれしかありません。

たとえば、どんな現れに対しても大体感情がセットとなるので 感情について話すと、

恐れや怒りといった感情から逃げようとせず、思考抜きでそのまま受け止め、 感情を直接体験してみれば、 本来はただのエネルギーに過ぎないものが、 どれだけ思考、頭の中のストーリーによって歪められているかが分かるでしょう。

そして、恐れや怒りなんていう感情は、思考という歪んだフィルターが無ければ、 喜びとかと同じようなエネルギーであることが分かるのですが、

実際にやってみないと「恐れや怒りも喜びと同じ」なんていう概念が思考に追加されるだけで、 何の意味もありません。

※これらが本章にある「全ての『現れ』は気付きと一体である」なのかは知らない。 私に分かるのはここまで。 できることなら「全ては一体です。私にはそれが分かります」 「なのであなたも私と一体になりましょう。肉体的な意味で」 とかいってあんなことやこんなことをやってみたいが、 嘘はつきたくない し、そういうので寄ってくるのは十中八九スピリチュアルオバサンかホモに違いない からやらない。

以上、

といった感じで、今回はここまで。

次回に続く>>

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