これが東京大学の成績表だ!暗黒の駒場編

本郷時代の成績表

前回、私が東大3,4年生のときの成績表を開示した結果 大好評を博しました。

一方で1,2年の教養課程、 昔でいうところの第一高等学校(旧制一高)時代の成績表はとても開示する気にならず、 このまま闇に葬り去る予定でありました。

ところが先日、私のもとに「ワレワレハ宇宙人ダ 成績ヲ開示シナイト地球ヲ爆破スル」 というメッセージが届いたではありませんか!

こんなイカれた世界、爆発四散してしまえと思わなくもないのですが、 私の一存で地球を滅ぼすわけにもいかないので、 渋々開示することと相成ったのであります。

※どういう経緯で私が宇宙からのメッセージを受け取ったか、 これを読んでいる人だけにコッソリ秘密を打ち明けると、 あの「バ○ャール」と同様の原理である。つまりインt

これは酷い

というわけで、地球の平和を守るため、 ここに駒場時代の成績を開示いたします。

卒業してから何年も経っているのに、 この期に及んで何でわざわざこんなの開示しなきゃいけないのでしょうか・・・

教養課程の惨憺たる成績証明書
優良可の点数が本郷時代と異なるのに注意。

何やこれ一体…何でシックスナインやねん!

進振りのとき点数確認したらちゃんと73点くらいあったで! 70点超えてなけりゃ希望通りのコースに進めないっての!

こんなもの!!!

こんな!教養課程なんて!こんな!

壊れちゃった…私の進路…

お進路が壊れるわ(しんみり)

理由

以上のような悲しい結果に終わったのですが、 何故こんな33-4なことになったのか、 ここで言い訳にすらなっていない 理由を説明してまいります。

これを読めば私の駒場時代の成績が悪かった訳が分かり、 しかも感動のあまり涙を流すこと請け合いであります。

英語と中国語

まず目を引くのが英語と中国語の「可」ですが、 当時の東大英Ⅰはとても英語教育と呼べるシロモノではなく、 試験問題もMITやハーバード等の教授の論文を何本も丸暗記した上で 「空欄となっている箇所に前置詞を書け」「空欄の単語を埋めよ」 などという受験英語よりもメチャクチャなもので、

これが私のトラウマとなってしまい、 「英Ⅰできない!卒業できないぃいいいい!」と、 卒業後も夢で何度もうなされたというのは今まで散々書いてきた通り。

以前書いた記事

では中国語はどうだったのかというと、 私はピンインや発音というものが正直よく分からず、 ピンインを捨てて文法と和訳に特化したため。

おかげで文法および和訳はほぼ完璧で試験にはパスできたけど、 ピンイン書き取りやリスニングがサッパリわからず、 2年間の総合成績で可になったのであります。

いやそもそも、 中国人ですら2声と3声の区別がつかなかったりするんだぜ。 そんなの私が分からなくて当然だろう。

※一応フォローさせてもらうと、 中国人教授の演習やアメリカ人教授の英語Ⅱは良だった。 2年間の総合点が可になったのはイルミナティの陰謀のせい。

※2 あと語学とは関係ないけど、 資料をまとめて人前でプレゼンする「基礎演習」が優である。 やっぱりプレゼンは得意なんじゃないか。

逆評定に頼りすぎた

東大入学者の必須アイテムに『逆評定』というものがあり、 それぞれの授業に単位の取りやすさ、甘さの目安として「大仏~大鬼」の評価が付いております。

私はこの『逆評定』を元に、 楽に単位が取れそうな「大仏」「仏」の授業ばかりを取ろうとしたのですが、

(まだメディアへの露出が少なかった頃の)ロバートキャンベル教授の授業のように 受講者が多すぎて断念したり、 「仏」の試験だから単位楽勝だろうと舐めプで受けたら不可を食らって「あぁん?なんで?」となったり、 仏といえどあまり興味のない授業を適当に受講していたら、 結果として良を量産する羽目になってしまいました。良だけに。

逆に「鬼」の評価が付いていた社会Ⅱ(山脇教授だった覚えがあるが…)などは、 きちんと勉強したら優が取れたのであります。

やっぱ逆評定なんて当てにせず仏だろうが大仏だろうがきちんと勉強して試験に臨むことが大事だし、 何より、単位の取りやすさよりも自分の興味関心に従って授業を選択するのが一番ではないでしょうか。

※そんな逆評定だけど、一応の指標にはなるし、 300円という価格のわりには使えるので、 みんなも東大入ったら逆評定買おう!と宣伝しておく。

美しい自己犠牲

上記の通り、東大では文系であっても物理や化学や生物や 情報処理なんていうパソコンの授業があり、 しかも必修もしくは選択必修であります。

私は元々理系の大学生だったし、その大学に行かなくなってから数年間「パソコンの大先生」だったので、 物理やパソコンなんて没问题だったのですが、 高校生から即東大生になった地方進学校のお坊ちゃんなどは、 パソコンや物理に免疫がないのであります。 (都会の連中は何でもこなす。これが都会と地方の教育格差、情報格差というやつかと当時は思った)

そういった「かわいそうなお友達」のために、 私が代わりにプログラムとも呼べないプログラムを組んであげたり、 シケ対でもないのに物理のシケプリを作ってあげたりと粉骨砕身、 尊い自己犠牲を払っていたのです。

この自己犠牲のせいで私自身が勉強する時間を割くことができず、 よってこのような成績になったのは明々白々ではありませんか。

(正月もレポートやシケプリ作成で)寂しくてねぇ…

冬学期なんかねぇ…

冬学期なんか

漏れてたんだよ?(優が)

成績はイマイチでも、なんと美しいフェアプレー精神、 なんと美しい自己犠牲なのでしょう!

学部で表彰されても良かったんじゃないかしらこれは。

まとめ

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