解説『エイブラハム青本』2019本編4

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今回はケース9からケース11まで。

前回に引き続いてぶっちゃけますが、 本書の各ケースのような悩み事というのは、 他ならぬ「思考に囚われ思考に操られている」から起きるのであって、

自分が思考に操られていることに気付けば、 そして何より「思考≠自分」だということに気付けば、 そこまで深刻に悩むことはなくなるのですが、 話せば長くなるのでやめときます。

※達磨大師の「その『悩み』とやらを私の前に出しなさい。私が解消してやろう」 は大きなヒントになるであろう。あるのはたった今の状況、状態だけである。

ケース9 父が亡くなった後、バランスを回復できない 悲しみが深い

当ケースのメインテーマは、いかに父の死を克服するかではなく以下の通り。

子供の頃、周囲の環境に反応して波動を出すことを学んだ。

自分の両親もワンパターンの波動を惰性で出していたため、 その影響を受けたり、躾と称して他人の言うことや価値観に従うよう「教育」された。

→小さい頃から身に付いたある種の考え方、波動の出し方、人生への対応パターンができ上がった。

→その勢いや方向を変えるよりも持続する方がずっと容易なので、ずっと同じまま。

→時が経っても依然として過去に縛られている状態。

これは単なる思考ではなく、さらに深いレベルでの波動の話で、 安定、安全、幸せなどの概念は幼い頃の環境で育まれたとのこと。

ただ、こういう安全や幸せといった価値観もやはり思考に過ぎないし、 惰性のパターンを繰り返しながらも新しいパターンも多少は出しているので、 その新しいパターンを選べばよいのですが、

やっぱり鍵となるのは、たった今、自分が思考に囚われていること「思考≠自分」だということ、 そして、身体や思考よりももっと近くにある「変わらない何か」を見出すことでしょう。

※ここでネタばらしをするが、「思考はコントロールできない」と散々書いてきたけど、 実は冒頭の「思考≠自分」や達磨大師の言葉を真に実感できるレベルまでくると、 ある程度だが思考を選択することは可能になる。 逆に言えば、そのレベルにならないと思考の選択など無理だし、 思考に振り回されてオシマイだということ。

※※こういうことを書くと「そのレベルになるにはどうすればいいですか」 などと言い出す人間がいるが、何とかしようと思ってできるものではない。 一つ言えることは、そのレベルになるまでは無意識に苦しみ続けるので、 苦しみを歓迎することくらいだろう。

ケース10 親が過干渉で困っている 後ろめたい 放っておいてくれ

当ケースも対他人なので、

で済む話です。

たった今、自分が何を考えているか、流れに乗っているか逆らっているかに気付けばよろしい。

ケース11 友人が陰口をたたいている 不安 どうして

「どうして」友人があんなことを言ったのか、「どうして」こんなことが起きたのか、 こういうことを考えているとそこに囚われ、 その状態がずっと続くことになるというのは本書にある通り。 (だからといって「どうして」を考えないようにしても無駄だというのも散々書いている通り)

当ケースも対他人なので、他人を変えようと奮闘しても損をするのは自分自身なので、 他人の態度や行動とは関係なく、自分自身の調和を実現すればよいわけです。

どうしても気が済まないというなら、 『いじめの終焉』に出てきた至言「いじめられる前にいじめろ」 の如く先手必勝、奇襲戦を展開すればよいので、 参考文献として『いじめの実態』『いじめの真実』『いじめの深淵』『いじめの終焉』 を通しで最低20回は視聴すること。

※冗談は置いといて、いじめについては弁護士に相談して訴訟して、どうぞ。 着手金が数十万円、報酬金がゲットした額の10~15%なので安いものだろう。

以上、 マトモな前半に比べて後半はグダグダになったけど今回はここまで。

次回に続く>>

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