The Power of Now

5章

解説まとめ『The Power of Now』その10 5章 The State of Presence

前回の記事

前回は、

何をするにもまず、たった今、自分が無意識状態であることに気付きなさい、 「あるがまま」の今に対して決めつけをおこない、 分離とネガティブ性を生み出していることに気付きなさい

ということを書きました。 (「攻撃戦だ!エゴやマインドやネガティブを殲滅せよ!」ではないことに注意)

今回は第5章で、サブタイはThe State of Presenceとなっております。

この「今に在る」状態についてですが、

大抵の人がこういう本を読んで 「頭で考えて(または考えないで)今に在る状態にならなければいけない!」 というような考えに陥ってしまうのではないでしょうか。

この考えは色々とズレていて、今回はその点について以下解説してまいります。

既に「今に在る」

まず本章の冒頭で、

  • 「今に在る」は頭で考えることではない。
  • 思考を超えたものなので、思考では到底理解できない。
  • あえて言うなら「思考を観察し思考に気付いた状態」「思考の檻から抜け出した状態」。

なんてことが書かれています。

まぁ実際そうなのですが、こういうのを読んでいると、 当記事の最初に書いたように 「何としても思考を超えた状態にならなきゃいかん!」 「思考を止めて今に在らにゃいかん!」 などと考えてしまい、

更に酷い?ことに、 「そうすれば、俺は幸不幸を超えた、喜びに満ちた平安な状態になれるんだ!」などという、 キラキラ☆ハッピー系と何ら変わらない、conditionalな考えが後に続いてしまうのです。

※キラキラ☆ハッピー系を散々こき下ろしていたら、 他ならぬ自分自身もキラキラ☆ハッピー系と同等、同質だと気付いたときは、正直愕然とした。 カッコイイ?たとえをするなら、ベイダーの首を切り落としたら自分自身だったみたいな。

まぁ、だからといって 「『キラキラ☆ハッピー系はキャシィ塚本みたいな奴らの集まり』とか言ってすみませんでした」 などと謝罪する気は無いけど(また余計なことを書く!何だってテメェはそう一言多いんだ)。

ともかく、「今に在らなきゃいけない、今に在ればきっと私は…だろう」 などという一連の考えは、まさにエゴによる大きなカン違いで、 今あれこれ考えながらこれを書いている私も、 今この記事を読んであれこれ考えているそこのあなたも、 もちろんキラキラ☆ハッピー系諸君も、

既に『今に在る』のだが、自分自身の思考でそう実感できていないだけ、 自分自身の思考によって真実がぼかされているだけ」

という、単純な話に過ぎないのです。

※もし、本当にマジで「今にない」「今、存在していない」ならば、 骨や灰や思念や記憶すら残らず「存在そのもの」が跡形もなく消し飛んでいる。 あなたも私も、まさにたった今、である。

私の読み方が悪いのか知らないけど、この辺についての記述が本書では弱く、 この辺についてはニューアース読んだ方が分かりやすいかな、 というのが個人的な感想であります。

One With Life

ついでなので最近読んだ『Oneness With All Life』という、 ニューアースを圧縮して色々追記された本から引用させていただくと、

第1章の最初あたりには

Thinking isolates a situation or event and calls it good or bad, as if it had a separate existence. Through exessive reliance on thinking, reality becomes fragmented. This fragmentation is an illusion, but it seems very real while you are trapped in it. And yet the universe is an indivisible whole in which all things are interconnected, in which nothing exist in isolation. (ヘボ訳:思考は、状況や出来事を孤立させ、 まるでそれらが全体から分離して存在しているかのように「良い」「悪い」と決めつける。 思考への過剰な依存を通して、「現実」はバラバラになってしまう。 「存在がバラバラになった現実」は、実は幻なのだが、思考の罠にハマっていると、 その「バラバラな現実」という幻に凄いリアリティを感じてしまう。 しかし、全宇宙はその下において全てがつながっており、何も孤立していない)

ということが書かれており、

簡単にいえば「思考によって全てがバラバラになった。ただし、バラバラなのはあくまで錯覚」 という、何かRPGのオープニングを連想させる内容であります。 (RPGと違って、こちらは錯覚で実際には何も損なわれてはいないのだけど)

そして、最終章のラスト1つ前の段落には

There are three words that convey the secret of the art of living, the secret of all success and happiness: One With Life. Being one with life is being one with Now. You then realize that you don't live your life, but life lives you. Life is the dancer, and you are the dance. (ヘボ訳:全ての成功や幸せに関する、人生の秘密を伝える3単語がある。 「One With Life」である。「Life」とひとつということは、「今」とひとつということである。 そして、あなたが自分の人生を生きているのではなく、 「Life」があなたを生きていることを、あなたは理解する。 「Life」はダンサーであり、あなたがそのダンスである)

と書かれております。

つまり、何が起きていようが、何をしていようが、何を考えていようが、 怒っていようが笑っていようが泣いていようが心配していようが、 人といがみ合っていようが愛し合っていようが、 思考や感情に囚われていようが、常に「One With Life」である

が真に理解できたとき、「新たなる地が開ける」ということであります。 (理解できるのはいつだろう?1週間後?イライラしなくなったとき?)

※Now, Presence, Being, Life, Consciousness, Stillness, Unmanifestedなどなど、 真実を指し示すのに著者が色んな単語を使用しているのも、混乱の元なのかもしれない。 まぁ、本書にもあるように「言葉は真理自体ではなく、真理を指し示すもの」なので、 あんま言葉に囚われないことですな。

以上、いつものことだけど、 言葉で表現できないものについて言葉で説明している本について、さらに言葉を用い、 読者のエゴを超えた何かに届くように解説するのは面倒で止めたくなったし、 何か本編の内容とズレている気がするけど、今回はここまで。

あと、本章を読んでいて気付いたテーマがもう一つあるのですが、 それについては次回に書くか、それとも再走するときに書くか、 どちらにしようか考え中です。

次回に続く>>

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