ニューアース

第2章その4

解説まとめ『ニューアース』2018版 第2章その4

前回の記事

前回は「本書を当事者として読むこと」および 「エゴや思考を深刻に受け止めないこと」について書いてまいりました。

今回は2章七節と八節で、前回と同じく所有について。

同じことの繰り返しで段々と書くのが面倒になってきたし、 著者は同じ内容を延々と繰り返し書いて飽きなかったのだろうかなどと思うのですが、 これらは紛れもなくエゴの声だし、それくらい繰り返さないとエゴの形を崩せないのだろうし、 まあ書けるだけ書いていきます。

2章七節 所有という幻 The Illusion of Ownership

まず所有についての真実ですが、当節最初にあるビルの話のように、 「俺はこんなに高価なモノを持っているぜ!」というアピールが本当だろうが嘘だろうが、 そんな真偽は実のところ二の次。

所有というのは、「私」と「所有物〇〇」が思考の中で一体となり 「私は○○を持っている」と形作られた「私の物語」に過ぎないのが真実であり、

  • そんな「所有のストーリー」は、実は私とは何の関係もなく無意味である
  • モノ(実際はモノを投影したマインド)にアイデンティティを求めていたため、 ず〜っと探し続けていた「存在、Beingとしての自分」を発見できなかった

ということに気付けるかどうかが「所有」に関する真に重要なことで、 それを死の間際になって気付く人もいれば、 死ぬまで気付かない人もいるというわけです。

※何のことかサッパリ分からない人は、 前回の女性と指輪の話を読み返すこと。

簡潔に言うと「所有に自己を見出そうとすると、 本来の状態である自己の『存在』が隠れてしまい、狂気の世界を生きることになる」 ということなのですが、

こんなのを読んで「よーし、もう俺は所有なんて物語に惑わされないぞ!」 なんて決心しても無駄だというのは、今まで散々書いてきた通り。

「レアアイテム○○を持っている素晴らしい俺様」から 「所有という概念を超越した素晴らしい俺様」にシフトしただけに過ぎず、

エゴは大喜びで「物欲を克服した偉大な俺こそが正義や!!物欲に負ける奴はアホや!」となり、 そこに「新しい地」など現れません。

要するに、これは所有に限ったことではないですが、 エゴは(主に他人との)比較の中で生き延びており、 エゴの特徴の一つに「皆と異なり自分が特別に見えれば何でも良い」というのが根本にあるので、

周りが豪邸ばかりならば、 粗末な掘っ建て小屋に住んでホタテマンの格好をしている 自分だけが特別に思えて、 「これが自分だ!」というアイデンティティが確立されるため、

たとえそれが「嫌なこと」であってもエゴは大喜びで、 このエゴの喜びが「悲惨な状況」を長引かせている一因だというのは 本書やPower of Now等に書かれている通りです。

じゃあどうすれば良いのかというと、本章やら前回やらで散々書いてある通り、

  • 対象が何であれ「所有」という物語に執着している自分に気付く。
  • 何かをゲットしたときに優越感を感じ、何かを失ったときに怒りや絶望を感じる自分に気付く。

これだけであり、ただ気付いて観察するだけで、 モノや所有というストーリーに溺れている苦しさから抜け出すキッカケとなるのであります。

2章八節 欲望:もっと欲しい Wanting:The Need for More

お次は第八節で、これまでと同じく 「エゴは所有では満足せずに『もっと欲しい』とキリがない」 と書かれていて、

その理由としては、 「対象物と自分とを完全に同一化できないから」 という今まで述べてきたものもあるのですが、

実のところ、エゴを長生きさせているのは、 「何かを持っている」という所有の状態ではなく、 むしろ「何かをゲットしたい」という欲望の方だというお話。

「他には何もいらないから東大合格させて下さい!」 「東大受かるためには何でもします!」 なんて伏見稲荷や北野天満宮や晴明神社ナドで真剣に神頼みしたのに、 いざ東大に合格してみたら

「何で英Tなんかやらなきゃいけないんだ」 「楽して単位をゲットしたい」「金が欲しい酒飲みたい」 「望んでいる『これ』をゲットすれば、今までの苦しみは全て消えて俺はオールオッケーになるだろう」 「何か知らないけど、まだ何かが足りない」 となってしまった私などは非常に良い例で、

こんなザマになってしまったのは、

「私、私の、必要だ、もっと欲しい、まだ足りない」 「今の私は充分ではない」 「今あるもの以外の何かが欲しい」 「いっぱいいっぱいゆうじろう」 「何が欲しいのか分からないけど、とにかく『今』以外の何かが欲しい」 「いつの日か、私は何かを手に入れて幸せになるだろう」

というようなエゴの構造、およびそこから発せられる声を、 「この声が俺自身だ!」と私がカン違いして、 その声に操られて行動していたからであります。

こうやって書くとまるで夢遊病患者やカルト教信者のようですが、 実際その通りで、これこそが「無意識状態」であり、 人類共通、集団的妄想であるというのは今まで書いてきた通り。

東大なんかではピンとこないかもしれないので、もっと身近な例を挙げると、 エ口画像やエ口動画を狂ったように集めている人、この中にもいるでしょう。

あんなもの、1枚1本あれば充分(何が?)なのに、 それでは決して満足せず、次から次へと集めようとする、

これこそがまさにエ口画像エ口動画を「所有」してることよりも、 もっともっとエ口画像エ口動画を手に入れたいという 「欲望」こそがエゴを生き延びさせているのであり、

これもひとえに 「今はまだ充分じゃない」 「望んだモノを手に入れれば、いつの日か俺は幸せになるだろう」 なんていう構造が根本にあるからで、

エ口画像だろうが東大合格だろうが、 違っているのは中身という些細なことだけで、 根本的な構造は何一つ変わらない、ということであります。

なので、この構造に気付きましょう。

私などは無意識状態でありながらも 「何かキリがないな…」「これって何かおかしくないか?」 などと在学中から何度となく思っていたし、

エ口画像エ口動画に限らず、何かを際限なく収集してしまう「沼」にハマっている人も、 ある日ふと「これってキリがないよな」程度のことを思ったりするでしょう。

そうやってふと思うことが気付きのスタートになり、 自分が何を考え何をしているのか気付いて観察すれば、 無理やり何とかしようとか止めようとかせずとも、 自然と「沼」から脱出できるのです。

以上、今回はここまで。

次回に続く>>

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