第4章 Role-Playing: The Many Faces of the Ego

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今回から第4章Role-Playing: The Many Faces of the Egoで、 主に他者との関係、集団との関わりがテーマとなっており、 『Stillnes Speaks』の8章および 『 The Power of Now』の8章と同じような内容です。

例えば、皆さんも職場で覚えがあるでしょうが、 会社では暴君だけど家に帰ると身内に激甘といった感じの人は、 会社と家庭でそれぞれ本章でいうところの「役割」を演じている、 つまり思考に囚われたエゴ状態となっている、というお話。

4章一節 どれもエゴである

では、なぜ他人や集団との関わり合いの中でエゴは「役割」を演じるのかというと、 今まで説明してきた通りで、

全てのエネルギーの源が自分自身の内にあることを、エゴは知らないから

であり、結果、思考に操られるがまま他人の承認や賞賛や関心といった「形」を求めるわけで、 これは2章のモノおよび3章のマインド的優越感を求めるのと、 構造的に何ら変わりありません。

そんなわけで当節では

このようなことが書かれていて、所謂「陽キャ」だろうが「陰キャ」だろうが、 上の記述に心当たりある人が殆どでしょう。(これを「ラテン系」「日本人」と置き換えてもおk)

また、 「(同一化した対象および)接する相手や状況に応じて、エゴは劣等感と優越感の間を揺れ動く」 という記述についても、

容姿、学歴、収入、所有物、我が子の良し悪し等で身に覚えがある人多いだろうし、 このような有様を「普通のことだ」と思いながら生きていることでしょう。

しかし、ポジティブだろうがネガティブだろうが、 劣等感を感じようが優越感を感じようが乳首感じようが

それらは全てエゴが感じていることなので、 「どれもエゴが感じている」という真実を観察によって気付きなさい、 ということであります。

4章二節 悪人,被害者,恋人 Villain, Victim, Lover

このように、エゴには常に 「他者の『関心』という形のエネルギーを吸収したい」という欲求があることが分かれば、 当節の「悪人、被害者、恋人」の役割についての説明も容易に合点がいくと思います。

当節にはざっとこんな説明がされていて、

悪人の説明はまるで不良中学生みたいですが、 意識の成長や自主的な学びがなければ、 成人しても意識どころか知能も精神も厨房と同程度だというのは、 成人されている皆さんならよく分かっているでしょう。

被害者については『もう不満は言わない』に「被害者は勝利者にはなれない」とあった通りで、 被害者気取りをしている限り人生は好転しない(自分の周囲やニュースを見ればよく分かるだろう)のですが、 被害者になることで「俺は特別な人間だ」と思えてしまうため、 また「俺を何者かにしてくれる問題を終結させたくない!」と思ってしまうため、 問題は長引いてちっとも解決しないというのは前章にもあった通り。

また、現代日本における「恋愛→結婚→離婚」のプロセスなんてまさに上記の通りで、 現代日本の婚姻件数に対する離婚件数の比率が3割超、 地域によってはバースやイチローもビックリな4割超えなのも納得できます。

以上のように、冷静に観察すればこの世はまさに狂気の世界で 「救いはないんですか!?」と叫びたくなるのですが、 これらに対する解決策のようなものが色々書かれているのが本章であります。

今回はここまで。

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