第7章 Finding Who You Truly Are

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今回から第7章。

実のところ、私はこの7章が一番好きで、 それは初めて本書を読んだときから変わっておりません。

また、今だから分かるけど、この7章の内容(7章に限らず8章9章10章も同じだが)は、 頭で「よ〜し、この通りにやっていくぞ!」なんて考えてやろうとしても到底実践できるものでなく、

色々なことに気付いていく中で自然と実践できるようになる、 というのが本当のところであります。

7章一節 自分は何者であるか

まずこれ。

「私は何者か」という問いに大して、多くの無意識に囚われた人間は 「自分は○○だ」と、いとも簡単に答えるという話。

もちろん、この○○には、名前、経歴、職業、肩書、身体の状態等が入り、 それが「本当の自分自身」なのかどうかは、これまで散々述べてきた通り。

また、「私は魂です」「私は源です」「私は全体です」「わ、私は…変態ですん…」 なんて知った風な口をきく人間も、 大抵はどこかで聞きかじった概念を思い出して述べているだけで、 それは自分自身の周りで蠢く思考に過ぎない、 名前や経歴や職業を答えるのと全く同じだというのは当節にある通り。

じゃあ自分自身とは一体何なのかというと、これも当節にある通りで、

「自分のマインドの中で迷子になる代わりに『今に在る』に根を下ろすこと」 「思考でグチャグチャ考えずに『存在』を感じること」

なのですが、これを言葉で表現し、かつ他人に理解させることができるのなら、 ブッダやイエスもそうしているだろうし、 その確実な方法も文章で記録されているのでしょうが、

言葉で表現しきれないから、 古からの名著や本書、ひいてはこんなサイトで延々と文章でもって表現せざるを得なくなっており、 殆どの人間がそれらを読んでカン違いし、思考でもってアレコレ考え、 結果エゴを肥大化させる羽目になっているのであります。

7章二節 あなたが考える自分 Who You Think You Are

お次は、私が初めて本書に出会ったときからお気に入りの節。

抜粋して解説しようにも、重要な箇所は当節全部となるのですが、 敢えて抜粋してみると、

と、簡潔にまとめようにも、まったく簡潔になりません。

要するに、「私は幸せです」「私は豊かでハッピー☆です」などと何千回何万回と繰り返したり、 無理矢理思い込もうとしてみても、エゴの概念に概念を上塗りしているだけであり、

お釣りを少なく渡された、欲しいものが品切れだった、 列に割り込まれた、ババアと罵られた等の小さなことで腹を立てていたのでは、 実際はその程度の「小さい人間」であり、幸せや豊かさとは程遠い、ということで、

「世界は必ず私にとって大事なことを突きつけてくるので、 『私は○○だ!』と信じているつもりでも、その誤解は長くは続かない。 特に『難題』が生じたとき、人々や状況にどう反応するかで、 私がどれだけ深く自分を知っているかが暴露される」

と本書にある通りです。

じゃあどうすれば良いのかというと、 「その程度の小さいことで腹を立てたり恐れている自分自身に気付く」

これを重ねていると、今までと同じような頭にくる状況や他人に遭遇しても 「あれっ?いつもなら腹立てる場面だよなぁ…何で怒りが湧いてこないの?」 と、以前と異なり穏やかになっている、状況と一つになっている自分に気付くわけであります。 (どんな原理でそうなるのかは知らない。ただの私の体験談)

当節と次節については実践できれば大いに効果あるので、 興味ある人は読めばよろしい。

まぁ冒頭で述べた通り、 頭で考えて実践しようとして実践できるものでなく、 自然とできるようになるのだけど。

以上、今回はここまで。

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