ニューアース

最終回

解説まとめ『ニューアース』2019版 第10章その6

前回の記事

前回は「楽しむ」と「情熱」についてで、

「『受け入れる』『楽しむ』で充分じゃないの」 「『情熱』の皮を被ったエゴ人間には気をつけよう!」

ということを書きました。

今回で一章一章、一節一節ごとに書いてきた当解説も最終回。

I did it.

成し遂げたぜ。

10章十一節 新しい意識の担い手たち The Frequency-holders

まずはラス前の「新しい意識の担い手」について。

英語を直訳すると「波動の保有者」なんて珍妙な訳になるので、これは良訳です。

ではその「新しい意識の担い手」とは何かというと、

  • 日々の暮らしを通じて、「ただ在ること」と他者との関わりを通じて、自己や周囲に新しい意識を生み出す者たち。
  • どんなシンプルな行為にも意識が流れており、質が高い。全ての行為を聖なるやる方でおこなう。
  • 彼らの世界に与える影響は表面的に感じられるものよりもはるかに深い。個々の人間も世界と不可分だから。

であり、これはラストの「柔和な者」と同義で、 「人の形をとった目覚めた意識」だということです。

そう、本書の主題を端的に示すと 「人の形をとった目覚めた意識になること」 「『これがオレだ』というエゴから、『語り得ぬもの』という意識への脱皮」 「ゲーム内のキャラクター視点からプレイヤー視点への進化」 なのですが、

こんなことを初っ端からストレートで書くとエゴが 「冗談じゃない」「ワケが分からない」 「ヤダ怖い…止めてください…スパイダーマッ!」と殻を閉ざしてしまうので、 わざわざジュラル星人並の回りくどさで 第1章から長々と説明されてきたわけであります。

なお、この「新しい意識の担い手」がどんな生き方をするのか、 彼等の人生の中身については、

「積極的に社会に参画する人、引きこもる人、 社会の底辺で暮らす人、ドラッグをやる人」等、 人それぞれ、様々な形となっております。

この域になると人生の中身なんて二の次だからね、しょうがないね。

10章十二節 新しい地はユートピアではない The New Earth is No Utopia

そしてラスト。

2012年に初めてニューアースと出会ったとき、この最終節をチラ見して 「何だこのタイトルは!!オレは良い気分で良いものだけを引き寄せて、 ユートピアみたいな人生が送りたいんだ!!」 となったことを今でも覚えておりますが、

現在では「新しい地はユートピアではない」の真意が実感として分かるので、 人間とは面白いものです。(引き寄せ?何のこったよ)

「ユートピア=全ての『良いこと』が実現した未来

こんなもの、丸っきりのインチキだということが、 ここまで読んできた人ならすぐ分かるでしょうし、 分からないならゴール直前で「ふりだしに戻る」です。

※ヒントは「新しい天と新しい地は、たった今この瞬間、あなたの内に生じている。 たった今この瞬間に生じていないなら、それは頭の中の思考に過ぎず、 したがって生まれ出ることもない」とある通り。

そして最後の「柔和な者は幸いである。その人は地を受け継ぐから」(Matthew5:5)は、

「(形との同一化から解放され)もはや意識自身となった意識は、 この世界で関わり合いを持った全ての『生命の形』に流れる意識の発現を喚起させる」

と言い換えることができるのであります。

以上、これにて当解説はおしまい。

次回に続く>>

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