独学で宅建士試験に合格された方からのメッセージ

久々の読者様からのお便りでございます。

今回は、宅建士試験に合格された方からのメール。

というか、宅建ていつから士業になったの? 私が受けた頃は宅地建物取引「主任者」だったのに。何かできることとか変わったの?

などと思ってしまいましたが、お便りの中身は以下の通り。

合格された方からのメッセージ内容

東大六郎様

こんにちは。毎回、六郎様のサイトやノートを楽しく拝見しておりますemiと申します。

この度は、六郎様のおかげで資格試験(宅建)に合格しましたので そのご報告がてらお礼のメールをさせていただきました。

六郎様の書かれた記事のおかげで独学・初学でも何とか資格を取る事が出来ましたので、 本当に参考になりました。ありがとうございました。以下、長文になります。

私には40年以上前に宅建資格を取った父がおり、 事ある毎に「宅建取っておいたら何かの役に立つ」と言われ続けて来たのですが、 巷では合格率15%程度のやや難資格、と聞いていたので、落ちたら嫌だし、 勉強したくないし、使うかどうか解らないし、、と、資格勉強からずっと逃げて来ました。

しかし、六郎様の資格試験の記事を見ていた時に「佐藤の宅建」と過去問を繰り返す勉強法で 独学でも試験に受かる事が解り、ふと、やってみようかなと閃きました。 そして、5月から勉強を始めました。(試験は10月)

途中で何回もやる気が無くなる場面はありましたが、 その度に六郎様の記事「やる気なんていらない」を見て「やる気なんて水物だから、放っておこう。」と思い、 継続することだけを目標にテレビをつけながらダラダラと勉強し、 暇な時にダラダラとスマホで過去問を解き、過去問題30年分を試験さながらに時間を測って解き、 色々工夫しながら勉強したら、最後には何か解らない力が働いたとしか思えないのですが、 無事に試験に受かりました。これもひとえに六郎様の記事のおかげだと思います。

※その記事:やる気なんていらない

それと、余談ですが、試験を受けてから結果が出る時までの自分の心境の変化が凄すぎて驚きました。 これが、六郎様やニューアースでよく言われる気づきの事なのでしょうか?以下、私の体験です。

試験を受けた直後は、余りの難問の数々に放心状態で、 「合格点が低くなってどうにか受かりますように!」と藁をも縋る想いで願っていましたが、 いざ自分の自己採点が38点で、合格予想点が35点前後になれば「合格点、もう少し高くてもいいのに」と思い、 合格点が34点に決まった時は「私があれだけ苦労して?38点取ったのに34点で楽に受かる人がいるのが許せない (私がこれだけ勉強したんだから、他の人も同様に苦しむべき)せめて、合格点36にならんかしら?」などという、 とんでもない思考が湧いて来て、 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」に出てくるカンダタと私の間には全く違いが無い事にハッとしました。 多分、普段から大なり小なりあるこの思考(エゴ)が極端になったら言い争いやら殺人やら 戦争にまで発展するんだろうなと思い、ニューアースの最初の方に出てくる「人類の狂気」はこの事かな?と思いました。

後、試験が終わってから結果が出るまでのコロコロ180度変わる統一性の無い思考を「これが私だ!」などと思うのは、 本当におかしな事だと思いました。思考はあくまで思考であって私では無いという事が何となく判ったような気がします。

以上、長々書きましたが六郎様には本当に感謝しております。 (最近出た、ノートの有料記事も買っちゃいました。)今後もサイト・ノートを楽しみにしておりますので、 どうぞ宜しくお願いいたします。

宅建士合格証
送付いただいた宅建の合格証

身体や思考を自分とみなすと疲れる

というわけで、合格おめでとうございました。

5月から勉強を始めて10月合格とは素晴らしいじゃないですか。

民法があったり建ぺい率だの容積率だの重要事項説明の中身だの色々あるので面倒だった覚えがあります。

あとたまげたのが、メールを読んで今でもあるのかとAmazonで『佐藤の宅建』を調べたら、絵柄が変わっていたこと。

ちょっと美化しすぎなんじゃないのこれ? 前の胡散臭そうな絵柄の表紙がいかにも効果がありそうで良かったのに…とか思いました。

それはともかく、ご報告の中で私的に特に良かったのが、

後、試験が終わってから結果が出るまでのコロコロ180度変わる統一性の無い思考を「これが私だ!」などと思うのは、 本当におかしな事だと思いました。思考はあくまで思考であって私では無いという事が何となく判ったような気がします。

という箇所。

仰る通りで、「思考=自分」なんてやっていると、 ジェットコースターみたいな上下を繰り返し、その状態で1日過ごしただけで疲弊してしまいます(これは身体でも同じ)

なので、現在noteで書いている通り「思考≠自分」に気付かない限りは苦しみ続けるので、 ご報告者様のように、何らかの体験を通して自分で気付くしかないのであります。

そして気付くことができれば、以前の「私」とは何か変化していることに気付くかもしれないし、 気付かないかもしれません。

短いけど、今回はここまで。

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