前回の記事:第3週「身体の太陽」
今回は「パワーの秘密」とありますが、実のところ「わたし」についてで、 これはニューアース的な「わたし」というかラマナ・マハリシ的な「わたし」というか、 エゴではない「わたし」のことです。多分。
※そこまで突き詰めていない感じはするけど。
ともかく今回のカギは「わたし」なのですが、 先週は「太陽神経叢こそがカギである」と言ったりして一体どれがカギやねんと思ったりします。
そもそも、こんなの24週もダラダラ続けずにもっと簡潔にまとまらなかったの? 絶対縮まっただろ、などと思うのですが、 昔はこういう本が無かったからね、しょうがないね。
そんなわけで、本章の初っ端には
- 「わたし」は身体ではない。身体は「わたし」が己の目的を達成するために用いる道具にすぎない。「わたし」は心でもない。心は「わたし」が考え、推理し、計画を練るために用いるもう一つの道具にすぎない。
- 「わたし」は身体と心の両方を導く何かでなければならない。この「わたし」の本性を自覚するようになれば、あなたはいまだかつて味わったことのないパワーの感覚を味わうことになる。
- あなたの人格は無数の個人的特徴、特異性、習慣、性格などから成っている。これらはあなたの以前の考え方の結果だが、真の「わたし」とは関係ない。
と書かれていて、やっぱりニューアース的な何かじゃないかと思ったのですが、5には
この「わたし」が与えられた最も偉大な力は考える力である。
なんて書いてあり、えーどうしてー、 思考こそが「わたし」を曇らせる根本原因なのに、何かニューアースと違うと思ってしまいましたが、 おそらくこの「考える力」の「考える」は単なる思考(エゴ)とは異なるものなのでしょう。 「殆どの人間は利己的な目的で思考を使う」と書いてあるし。
ともかく、本章で実践することは、 9にあるように「わたしはなりたいものになれる」と朝から晩まで唱えること。 (章末のエクササイズはやりたければやって頂戴)
そして、「わたしはなりたいものになれる」と唱えているとき、 その「わたし」は何者か認識してみることであります。
丁度ラマナ・マハリシの「Who am I?」と問い続けるのと同じで、 続けたらどうなるか、それは人それぞれでしょうから、 1週間でもいいから続けてみましょう。
というわけで、「わたし」とは何か?について1週間もやっていると、 自分が普段使っている「私」「俺」「自分」などの定義が揺らいでまいります。
ただ、「定義が揺らいだら絶対幸せになれますかぁー!?」とすごい勢いで聞かれても、 回答は「絶対なれぬ!」であるし、実践するのはそこまでにしておいた方がよろしい。
13や14あたりにある「自分自身をコントロールする」なんてやろうとすると、 「自分や周囲を思い通りにしてやろう」となり、たちまちエゴに呑まれてしまいます。
まぁそれでもコントロールしたい!という人の方が多いだろうから、 周囲の状況や自分自身の思考を「自分の思い通りに」コントロールできるかどうか、 やってみればいいです。
「コントロールしなきゃ…」という強迫観念や「何でコントロールできないんだ!!」という焦燥感等で、 内も外もグチャグチャになるでしょうが、 そのグチャグチャになった状態の最中、丁度22で書かれている
波の表面は荒立っていても、深いところでは静かに流れている
という「静寂」「静けさ」「Stillness」を発見することができるでしょう。
さらに言えば、外の状況もコントロールしたいという状況も全部放っておく方が楽なのですが、 これも実践した人にしか分かりません。
以上、多少のズレはあるものの、何か悟り系の色が強い本章ですが、今回はここまで。
次回、第5週「心の家の作り方」に続く。
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