500回記念1

このサイトも開設してもうすぐ3周年で記事数もついに500記事となりました。 これもひとえに読者様の応援のおかげでございます。

そこで今回は500回記念として「死」について、私の個人的見解を書いてみます。

何で死について書こうと思ったのかは、単に書こうと思いついたからで、 別に死生学の論文とかそういう高尚なものではないので、 論文チックなのが好きな人はネットで探すか東京大学出版の本でも読んでください。

以下、思い付きで書きなぐった私の考えを書いてみますが、 何か中二病っぽい内容となりました。

しかし、中二病と哲学との線引きは、 そこそこの高学歴かそれと同等の知性を持つ人が考えることは「哲学」で、 それに満たない人間が考えることは「中二病」であると私の中では定義しているので、 「哲学の尻尾」程度にはなっているんじゃないでしょうか。

結局は死

全ては茶番

とまあ、何ともいえない文章になりました。

ある日の朝、目が覚めたときに「何やってもどうせ死ぬんだよな」と何気なく口走ってしまい、 上記のような考えが浮かんでまいりました。

※こういうこと書くと「人生に行き詰っているのかお前は」とか思われるかもしれませんが、 そういう心境でなく、氷を日なたに放置していたら水になり蒸発するのを観察するような気分で、 極めて自然にニュートラルな感覚で口走ってしまっていたのです。

私が言いたいのはおそらく「死という現象の前では、全ては茶番」ということだと思います。 (死後の世界とか輪廻とかそういうのは無しで。大体死んだことないのでその類のことは分かりません)

「だから何だ」と言われても困るし、 「それは違う!人生とは素晴らしい云々」なんて道徳の教科書みたいな 価値観を押し付けられても大変困るのですが、

こういう普段は意識しない、タブーとされているような話をすると、 気が重くなる人もいれば気が楽になる人もいるでしょうから、 生きる意味とか他の事柄と同じく、死に対する受け止め方も人それぞれで、 100人いれば100通りの受け止め方があるのでしょう。

ただ「死」という概念および現象自体には良いも悪いも無く、 全てが茶番なら茶番でいいじゃないかと私は考えているのが現在の状況です。

ここまでくると 「やった!オレもついに死への恐怖と生への執着を克服できた!」 などと思ってしまうのですが、 いざ死ぬことになったら「やめろー!死にたくなーい!」とか言っちゃうと思います。

追記

「同じ考えの人はいないか」とネットで探してみると、 5年前に2ちゃんで同じような書き込みをしていた人がいました。 その意見に対し「それは怠け者の逃げ口上だ」などという意見もございましたが、 私はそうは思いません。

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